婚活で大切な自己理解〜 アドラー心理学の視点から見る、幸せな結婚へ向かうための内なる地図〜 https://www.cherry-piano.com
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序章 婚活とは「相手探し」である前に、「自分の生き方を知る旅」である
婚活という言葉には、どこか市場の匂いがある。年齢、職業、年収、学歴、居住地、家族構成、趣味、価値観。プロフィールには多くの項目が並び、人はそこで自分を説明し、相手を判断し、時に判断される。 けれども、結婚とは本来、条件の照合によって成立する契約だけではない。条件は入口であり、生活はその奥にある。入口の扉がどれほど美しくても、その先にある部屋で2人が安心して呼吸できなければ、結婚は長く続かない。 婚活で本当に大切な自己理解とは、単に「自分の長所と短所を知ること」ではない。 「私は年収いくらの人を望んでいるのか」 「私は何歳までに結婚したいのか」 「私はどんな外見の人が好みなのか」 もちろん、こうした希望を把握することも大切である。しかしアドラー心理学の視点から見るなら、より重要なのは次の問いである。 私は、親密な関係の中で、どのような自分になろうとしているのか。 もう少し言えば、 私は、誰かと深く関わろうとするとき、どんな不安を抱き、どんな行動パターンを繰り返し、何を避け、何を守ろうとしているのか。 ここに婚活の自己理解の本質がある。 婚活がうまくいかない人は、必ずしも魅力がないわけではない。むしろ魅力があるのに、その魅力の出し方を誤っていることが多い。優しいのに、相手に合わせすぎて疲れてしまう。誠実なのに、慎重になりすぎて温度が伝わらない。真面目なのに、相手を面接官のように見てしまう。愛されたいのに、愛される前に試し行動をしてしまう。 つまり問題は、能力の不足ではなく、自分の心の使い方を知らないことにある。
アドラー心理学は、人間を過去によって決定される存在としてではなく、未来に向かって目的を持って生きる存在として見る。人は傷ついたから不幸になるのではない。傷ついた経験に、ある意味づけを与え、その意味づけに従って生きることで、同じパターンを繰り返していく。 婚活における自己理解とは、この「意味づけ」と「行動パターン」を静かに見つめ直すことなのである。 それは、自分を責めるための作業ではない。 自分を裁くための反省会でもない。 まして、「私はこういう人間だから仕方がない」と諦めるための診断書でもない。 それは、人生のハンドルをもう一度自分の手に取り戻すための、内なる地図である。
第1章 アドラー心理学における自己理解とは何か
アドラー心理学では、人間の性格や行動の基本的な傾向を「ライフスタイル」と呼ぶ。 ここでいうライフスタイルとは、服装の趣味や休日の過ごし方ではない。人生に対するその人なりの構えである。 たとえば、同じお見合いの場面でも、人によって見えている世界はまったく違う。 ある人は、「今日はどんな人に会えるのだろう」と感じる。 別の人は、「また断られたらどうしよう」と身構える。 また別の人は、「相手は私をどれくらい評価するだろう」と緊張する。 さらに別の人は、「この人は私にふさわしいか」と審査するような姿勢になる。 同じ喫茶店。 同じテーブル。 同じお茶の香り。 けれど、心の中で展開されている物語はまったく違う。 アドラー心理学は、人間は客観的な世界に反応しているのではなく、自分が意味づけた世界に反応していると考える。 婚活においても、目の前の相手そのものより、「この出会いを自分がどう意味づけているか」が重要になる。 「断られたら、私は価値がない」 「相手に気に入られるには、完璧に振る舞わなければならない」 「結婚できない自分は、人生に失敗している」 「自分から好意を示すと負けた気がする」 「本音を出すと嫌われる」 「相手に頼ると迷惑をかける」 「条件が合わない人に時間を使うのは損だ」 こうした心の奥の前提が、その人の婚活を静かに支配している。
自己理解とは、この隠れた前提に気づくことである。 自分はどんな相手を求めているのか。 それも大切である。 しかし、それ以上に大切なのは、 自分は、相手と向き合うとき、どんな世界観でそこに立っているのか。 である。 ある人にとって婚活は「選ばれる試験」である。 ある人にとって婚活は「負けたくない競争」である。 ある人にとって婚活は「親を安心させる義務」である。 ある人にとって婚活は「孤独から逃れる避難所」である。 ある人にとって婚活は「人生を共に創る相手を探す旅」である。 同じ婚活でも、心の中の定義が違えば、表情も言葉も選択も変わる。 アドラー心理学的な自己理解とは、まさにこの「自分の婚活の定義」を見抜くことである。
第2章 婚活で人を苦しめる「劣等感」の正体
アドラー心理学の重要な概念に「劣等感」がある。 劣等感というと、一般には「自分に自信がないこと」と理解されやすい。しかしアドラーにとって劣等感は、人間にとって自然なものである。人は誰でも、何かしらの不足感を持つ。もっと良くなりたい。もっと愛されたい。もっと役に立ちたい。もっと認められたい。こうした感覚そのものは、成長へのエネルギーにもなる。 問題は、劣等感そのものではない。 問題は、劣等感をどう扱うかである。 婚活の現場では、この劣等感がさまざまな形で現れる。 30代半ばの女性が、「もう若くないから」と言う。 40代の男性が、「年収が高くないから」と言う。 再婚希望の人が、「離婚歴があるから」と言う。 恋愛経験の少ない人が、「自分は異性慣れしていないから」と言う。 地方在住の人が、「出会いの数が少ないから」と言う。 これらは事実の一部かもしれない。しかし、問題はその事実そのものではない。その事実に対して、どんな意味を与えているかである。 「私は30代半ばだ」 これは事実である。 「だから私は選ばれない」 これは意味づけである。 「私は恋愛経験が少ない」 これは事実である。 「だから私は魅力がない」 これは意味づけである。 「私は離婚歴がある」 これは事実である。 「だから私は幸せになる資格がない」 これは意味づけである。
婚活で自己理解が必要なのは、この「事実」と「意味づけ」を分けるためである。 多くの人は、自分を苦しめているものを「現実」だと思っている。けれど本当は、現実そのものではなく、現実に貼りつけた解釈が心を縛っている。 劣等感に飲み込まれると、人は2つの方向に偏りやすい。 1つは、過度に卑屈になる方向である。 「どうせ私は選ばれない」 「私なんかが希望を言ってはいけない」 「相手に合わせなければ捨てられる」 もう1つは、過度に優位に立とうとする方向である。 「相手より上に立たなければならない」 「弱みを見せたら負けだ」 「条件の良い相手を選ぶことで、自分の価値を証明したい」 一見、卑屈な人と高慢な人は正反対に見える。しかしアドラー心理学の視点から見ると、どちらも劣等感の裏返しである。 卑屈な人は、「私は価値がない」と自分を低く置くことで、傷つくことを避けようとする。 高慢な人は、「私は価値がある」と証明し続けることで、傷つくことを避けようとする。 どちらも、心の中心には「ありのままの自分では不十分なのではないか」という不安がある。 婚活で大切な自己理解とは、この不安に気づくことである。 「私は本当に相手を見ているのか」 「それとも、自分の劣等感を埋めてくれる人を探しているのか」 この問いは厳しい。しかし、この問いを避けたまま婚活を続けると、出会いは増えても、心は深まらない。
第3章 「選ばれたい婚活」から「共に生きる婚活」へ
婚活において、多くの人が最初に抱く不安は「選ばれるかどうか」である。 もちろん、それは自然な感情である。お見合い後の返事を待つ時間。仮交際のLINEの返信。次のデートに誘われるかどうか。相手の表情のわずかな変化。婚活では、自分が評価されているように感じる瞬間が多い。 しかし、アドラー心理学の視点から見ると、「選ばれること」だけに意識が向きすぎると、対等な関係を築くことが難しくなる。 なぜなら、選ばれたい人は、知らず知らずのうちに自分を商品化してしまうからである。 「私はどう見られているか」 「相手は私に満足しているか」 「私は失敗していないか」 「もっと良く見せなければ」 この意識が強くなると、会話は自然さを失う。笑顔は丁寧だが硬くなる。相づちは増えるが、心は近づかない。相手に合わせているようでいて、実は相手を見ていない。見ているのは、相手の中に映る自分の評価である。
アドラー心理学が重視するのは、対等な横の関係である。 横の関係とは、相手より上に立つことでも、相手より下に入ることでもない。自分も相手も、違いを持った1人の人間として尊重する関係である。 婚活で自己理解が深まると、人は少しずつ「選ばれるための演技」から離れていく。 それは、わがままになることではない。 相手に配慮しないことでもない。 むしろ、自分を過剰に飾らないからこそ、相手をきちんと見る余裕が生まれる。 自己理解が浅い人は、相手の反応に振り回される。 自己理解が深い人は、相手の反応を受け止めながら、自分の軸を失わない。 たとえば、お見合い後に断られたとする。 自己理解が浅い人は、すぐにこう考える。 「やっぱり私は魅力がない」 「何が悪かったのだろう」 「もう無理かもしれない」 一方、自己理解が深い人は、こう考えることができる。 「今回は相性が合わなかったのかもしれない」 「改善できる点があれば見直そう」 「ただし、断られたことと私の人間的価値は別である」 この違いは大きい。
婚活は、断られる経験を避けられない。どれほど魅力的な人でも、すべての相手に選ばれることはない。むしろ、誰にでも好かれようとする人ほど、最終的には誰とも深く結びつけなくなる。 結婚とは、多数決ではない。 たった1人との深い一致である。 だからこそ、婚活に必要なのは「万人に選ばれる自己演出」ではなく、「自分らしい幸せに向かう自己理解」なのである。
第4章 目的論で見る婚活のつまずき
アドラー心理学は、人間の行動を「原因」ではなく「目的」から見る。 たとえば、ある男性が仮交際中に毎回、相手への連絡を遅らせてしまうとする。本人はこう言う。 「仕事が忙しいからです」 「恋愛に慣れていないからです」 「昔、傷ついた経験があるからです」 もちろん、それらは背景として理解できる。しかしアドラー心理学では、さらに一歩踏み込んで問う。 連絡を遅らせることで、その人は何を達成しようとしているのか。 この問いは少し鋭い。けれど、婚活の自己理解には欠かせない。 連絡を遅らせる目的は、もしかすると「相手との距離が近づきすぎる不安を避けること」かもしれない。あるいは、「自分が主導権を握っている感覚を保つこと」かもしれない。あるいは、「本気になって断られる痛みを避けること」かもしれない。 行動には、表の理由と奥の目的がある。
婚活の失敗パターンは、この奥の目的に気づかない限り、何度も繰り返される。 たとえば、次のような人がいる。 お見合いでは感じが良い。会話もできる。仮交際にも進む。ところが2回目、3回目のデートになると、急に相手の欠点が気になり始める。 「話し方が少し気になる」 「服装のセンスが合わない」 「食事の選び方が微妙だった」 「LINEの文面が少し冷たい」 もちろん、違和感を無視する必要はない。しかし、毎回同じように相手の欠点が急に大きく見えて交際終了になる場合、そこには何かしらの目的が隠れている可能性がある。 もしかすると、その人は「親密になること」を恐れているのかもしれない。 親密になると、自分の弱さを見せなければならない。相手に期待してしまう。断られたときの痛みも大きくなる。だから、相手の欠点を探して早めに距離を取る。本人は「相性を見極めている」と思っているが、実際には「傷つかないための撤退」をしている場合がある。 また、別の人は、いつも自分に関心を示してくれる相手には惹かれず、冷たい相手や曖昧な相手ばかり追いかける。 本人は「好きになれる人がいない」と言う。
しかし目的論で見るなら、その人は「愛が安定すること」を避けているのかもしれない。安定した愛は、実は怖い。なぜなら、そこで初めて自分も相手に応答しなければならないからである。追いかけている間は、相手のせいにできる。けれど、受け入れられた瞬間から、自分の成熟が問われる。 婚活における自己理解とは、ここに光を当てることである。 私はなぜ、いつも同じところで立ち止まるのか。 私はなぜ、優しい人に物足りなさを感じるのか。 私はなぜ、安心できる相手より不安にさせる相手に惹かれるのか。 私はなぜ、好意を持たれると逃げたくなるのか。 私はなぜ、結婚したいと言いながら、結婚に近づく行動を避けているのか。 この問いに向き合うとき、婚活はただの相手探しではなく、自分の人生の癖を読み解く作業になる。 少し怖い。 しかし、その怖さの先に自由がある。
第5章 事例1 「完璧でなければ愛されない」と思っていた女性
34歳の美咲さんは、仕事のできる女性だった。服装も洗練され、会話も丁寧で、プロフィール写真も美しい。お見合いの申込みも少なくなかった。しかし、仮交際が長続きしない。 彼女は毎回、最初のデートで全力を尽くした。相手の趣味を事前に調べ、会話の話題を用意し、服装も相手の雰囲気に合わせた。LINEの返信も慎重で、文章を何度も書き直した。 ところが、2回目、3回目になると疲れが出る。 「このまま続ける自信がありません」 「相手はいい人なんです。でも、私ばかり頑張っている気がします」 「本当の私はもっと面倒くさい人間です。知られたら嫌われると思います」 彼女の婚活は、一見すると「努力家の婚活」だった。しかしアドラー心理学の視点から見ると、そこにはあるライフスタイルがあった。 完璧でなければ愛されない。 この前提が、彼女の行動を支配していた。 カウンセラーが尋ねた。 「美咲さんは、相手と会っている時間、楽しいですか。それとも、合格点を取ろうとしている感じですか」 美咲さんはしばらく黙り、少し笑って言った。 「合格点ですね。婚活というより、面接です。しかも、私はずっと受験生です」 この言葉は重要だった。 彼女は相手と出会っているのではなく、相手の評価を通じて自分の価値を確認しようとしていたのである。
そこで彼女には、次のお見合いで1つだけ課題を出した。 「完璧に話そうとしないでください。1つだけ、少し自然な自分を出してみましょう」 彼女は驚いた。 「自然な自分を出したら、嫌われませんか」 その問いこそが、彼女の自己理解の入口だった。 次のお見合いで、美咲さんは初めて「実は方向音痴で、今日も少し迷いました」と笑って話した。いつもなら隠すところだった。すると相手の男性は、「僕もです。駅の出口を間違えるの、得意です」と笑った。 その瞬間、会話の温度が変わった。 完璧な女性としてではなく、1人の人間として場にいることができた。たったそれだけのことで、相手との距離が柔らかくなった。 美咲さんは後日こう言った。 「今まで私は、愛されるために自分を整えていたつもりでした。でも本当は、整えすぎて、誰にも近づけないようにしていたのかもしれません」 これは深い自己理解である。 完璧さは、魅力になることもある。しかし、完璧さを鎧にしてしまうと、誰もその内側に触れられない。 結婚に必要なのは、完成された自分を見せることではない。未完成な2人が、互いの不完全さを笑い合える関係である。 美咲さんの婚活が変わり始めたのは、条件を変えたからではない。写真を変えたからでもない。 「完璧でなければ愛されない」という人生の前提に気づいたからである。
第6章 事例2 「合理的に選んでいるつもり」で親密さを避けていた男性
42歳の浩一さんは、非常に論理的な男性だった。仕事では管理職。会話も明晰で、礼儀もある。婚活でも、彼は相手の条件を丁寧に整理していた。 年齢差。 居住地。 仕事への理解。 家事分担。 金銭感覚。 親との距離。 趣味の相性。 彼のノートには、交際相手ごとの評価項目が並んでいた。まるで企業の採用比較表のようだった。冷静で、無駄がない。けれど、なぜか真剣交際には進まない。 理由はいつも同じだった。 「悪い人ではないのですが、決め手がありません」 「条件は合っているのですが、感情が動きません」 「もう少し比較したいです」 カウンセラーが尋ねた。 「浩一さんにとって、結婚を決めるとは、どういうことですか」 彼は答えた。 「失敗しない選択をすることです」 この言葉の中に、彼のライフスタイルが見えた。 彼にとって結婚は、「幸せを共に創ること」ではなく、「失敗を回避すること」だった。 もちろん、慎重さは悪いことではない。結婚は人生の大きな選択である。しかし、失敗しないことだけを目的にすると、いつまでも決められない。なぜなら、人間関係に絶対安全な保証書はないからである。
アドラー心理学では、人は不安を避けるために、さまざまな行動を選ぶと考える。浩一さんの場合、「合理的に比較する」という行動が、親密さへの不安を避ける手段になっていた。 相手を比較している間は、自分は傷つかない。 判断者の位置にいられる。 自分の弱さを差し出さなくてよい。 相手に心を預ける必要がない。 しかし、結婚とは最終的に、比較表の外に出る行為である。 誰かを選ぶとは、他の可能性を手放すことでもある。婚活市場には常に「もっと良い人がいるかもしれない」という幻がある。この幻は甘い。けれども、追いかけ続けると、人生の季節は静かに過ぎていく。まるで、音楽会の席を選び続けているうちに、肝心の演奏が終わってしまうようなものだ。 浩一さんには、ある課題を出した。 「次のデートでは、相手を評価する質問を1つ減らし、自分の生活の弱い部分を1つ話してください」 彼は戸惑った。 「弱い部分ですか」 「はい。たとえば、疲れた日にどんなふうになるのか。仕事で落ち込んだとき、どうしてほしいのか。そういう話です」
彼は次のデートで、初めてこう話した。 「実は僕は、仕事では強く見られがちですが、家に帰るとかなり疲れて無口になることがあります。そういうときに、無理に明るくしなくてもいい関係だとありがたいです」 相手の女性はこう答えた。 「それを聞いて安心しました。私もずっと明るくできるタイプではないので」 そこから2人の会話は変わった。条件の確認から、生活の共有へ。評価から、理解へ。比較から、共同作業へ。 浩一さんは後に言った。 「僕は相手を選んでいたつもりでしたが、本当は、誰かと深く関わる勇気を先延ばししていたのだと思います」 婚活における自己理解とは、このように自分の「正しそうな行動」の裏にある目的を見抜くことである。 合理性は大切である。 しかし、結婚は合理性だけでは育たない。 結婚には、少しの不確実性を引き受ける勇気が必要である。 アドラー心理学でいう勇気とは、恐れがないことではない。恐れがあっても、共同の未来へ一歩踏み出す力である。
第7章 「課題の分離」と婚活の心の安定
アドラー心理学で広く知られている考え方に「課題の分離」がある。 これは、簡単に言えば、 これは誰の課題なのかを見極めること である。 婚活では、この課題の分離が非常に重要になる。 たとえば、お見合い後に相手が交際希望を出すかどうか。これは相手の課題である。自分にはコントロールできない。 もちろん、自分の振る舞いを整えることはできる。丁寧に話すこともできる。清潔感を保つこともできる。相手に敬意を持つこともできる。しかし、最終的に相手がどう感じるか、どう判断するかは相手の課題である。 ここを混同すると、婚活は苦しくなる。 「相手に気に入られなければ」 「断られたらどうしよう」 「返信が遅いのは私が何か悪いことをしたからでは」 このように相手の課題まで背負い込むと、心は常に相手の反応に支配される。 一方で、課題の分離を誤解して、「相手がどう感じるかは相手の課題だから、自分は何をしてもいい」と考えるのも違う。それは単なる無配慮である。
婚活における成熟した課題の分離とは、次のような姿勢である。 自分の課題は、誠実に向き合うこと。 相手の課題は、相手が感じ、選ぶこと。 2人の課題は、対話を通じて関係を育てること。 たとえば、仮交際中に相手からの返信が遅いとする。 自己理解が浅い人は、すぐに不安になる。 「嫌われたのかもしれない」 「他の人と進んでいるのかもしれない」 「私のLINEが重かったのかもしれない」 そして、不安を打ち消すために、さらにLINEを送る。あるいは逆に、急に冷たくする。どちらも、自分の不安を相手に処理させようとする行動である。 自己理解が深い人は、まず自分に尋ねる。 「私は今、不安になっている」 「この不安は、目の前の相手の行動だけから来ているのか」 「それとも、過去の経験や自分の思い込みが反応しているのか」 「私は今、相手を責めたいのか、それとも確認したいのか」 そのうえで、必要なら穏やかに伝える。 「お仕事がお忙しいと思いますが、私は連絡の頻度がある程度あると安心するタイプです。無理のない範囲で、やり取りのペースを相談できたら嬉しいです」 これは、相手を責めていない。 自分の希望を伝えている。 相手の課題を奪わず、自分の課題を放棄してもいない。
課題の分離とは、冷たくなることではない。 むしろ、健やかに近づくための境界線である。 境界線がない関係は、最初は親密に見える。しかし、やがて息苦しくなる。どちらかが相手の機嫌を取り続け、どちらかが相手に依存し、愛は次第に義務や支配に変わってしまう。 結婚生活に必要なのは、溶け合うことではない。 違う2人が、違うまま隣に立てることである。 そのために、婚活の段階から課題の分離を身につけておくことは、非常に大切である。
第8章 自己理解が浅い婚活に起こる5つの典型パターン
婚活で自己理解が浅いまま活動すると、同じような失敗が繰り返されやすい。ここでは代表的な5つのパターンを挙げる。
1 条件に逃げる
条件を考えることは大切である。結婚生活には現実がある。収入、住まい、仕事、家族関係、子どもへの希望、生活リズム。これらを無視した結婚は、後で苦しくなる。 しかし、条件が「自分の不安を隠す壁」になることがある。 本当は親密になるのが怖い。 本当は傷つきたくない。 本当は自分の弱さを見せたくない。 その不安に向き合わずに、相手の条件ばかりを細かく見る。すると、どんな相手にも欠点が見つかる。 「年収は良いけれど、会話が少し硬い」 「優しいけれど、決断力が足りない」 「趣味は合うけれど、住む場所が微妙」 「安定しているけれど、ときめきがない」 もちろん、違和感は大切である。しかし、違和感が毎回、交際が深まりそうなタイミングで現れるなら、それは相手の問題だけではないかもしれない。 自己理解とは、条件の奥にある自分の恐れを知ることである。
2 相手に合わせすぎる
「嫌われたくない」という気持ちが強い人は、相手に合わせすぎる。 食べたいものを聞かれても、「何でもいいです」と言う。 行きたい場所を聞かれても、「お任せします」と言う。 相手の意見に違和感があっても、「そうですね」と笑う。 一見、感じの良い人に見える。しかし、相手からすると、だんだんその人の輪郭が見えなくなる。 結婚したい相手とは、単に従順な人ではない。 一緒に生活を作っていける人である。 自己理解が深まると、「合わせる優しさ」と「自分を消す癖」の違いが見えてくる。 本当の優しさとは、自分をなくすことではない。 自分を持ったまま、相手を尊重することである。
3 試し行動をする
不安が強い人は、相手の愛情を試したくなる。 わざと返信を遅らせる。 少し冷たい言い方をする。 「私なんて」と言って相手の反応を見る。 相手がどれくらい追いかけてくれるか確認する。 本人は「本気度を見ている」と思っているかもしれない。しかし、試される側は疲れてしまう。 アドラー心理学の視点では、試し行動の目的は「安心の確認」である。しかし、その方法が関係を壊してしまう。 安心は、試すことで得るものではない。 対話によって育てるものである。 自己理解が深まると、「私は今、不安だから相手を試したくなっている」と気づける。その瞬間、行動を選び直す余地が生まれる。
4 相手を理想化しすぎる
婚活では、まだ深く知らない相手に強い期待を乗せてしまうことがある。 「この人なら私を幸せにしてくれる」 「この人と結婚できれば人生が変わる」 「この人こそ運命の人だ」 期待は美しい。しかし、理想化は危うい。 相手を理想化すると、本当の相手が見えなくなる。少しでも期待と違うところが見えると、今度は急に失望する。 理想化と失望は、実は同じコインの表裏である。 どちらも、相手を現実の人間として見ていない。 自己理解とは、自分が相手に何を投影しているのかを知ることである。 寂しさを埋めてほしいのか。 自己価値を証明してほしいのか。 親に認められる結婚をしたいのか。 過去の恋愛の傷を癒してほしいのか。 相手は救済者ではない。 相手もまた、不完全な1人の人間である。 その事実を受け入れたとき、初めて本当の親密さが始まる。
5「結婚したい」と言いながら、結婚に近づくと逃げる
これは婚活で意外に多い。 お見合いまでは積極的。 仮交際の初期も楽しい。 しかし、真剣交際が見えてくると急に不安になる。 「本当にこの人でいいのか」 「もっと合う人がいるのでは」 「結婚生活を想像すると怖い」 「自由がなくなる気がする」 この場合、本人の中に「結婚したい自分」と「結婚が怖い自分」が同居している。 自己理解とは、この矛盾を責めることではない。 丁寧に見つめることである。 結婚したいのはなぜか。 結婚が怖いのはなぜか。 自分にとって自由とは何か。 相手と生きることを、何の喪失だと感じているのか。 この問いを避けると、婚活は「前進と撤退」の繰り返しになる。
第9章 共同体感覚から見る、結婚に向く自己理解
アドラー心理学において非常に重要なのが「共同体感覚」である。 共同体感覚とは、簡単に言えば、他者とつながり、他者に貢献し、共に生きているという感覚である。 婚活において自己理解が重要なのは、最終的にこの共同体感覚へ向かうためである。 自己理解というと、自分の内側を掘り続ける作業のように思われるかもしれない。しかし、アドラー心理学における自己理解は、内向きで終わらない。 自分を知るのは、相手とより良く関わるためである。 自分の不安を知るのは、相手に不安をぶつけないためである。 自分の願いを知るのは、相手に依存せず、共に未来を作るためである。 つまり、自己理解は「自己完結」ではなく、「共同生活への準備」なのである。 結婚とは、毎日の小さな共同体である。 朝の挨拶。 食卓の会話。 洗濯物の干し方。 疲れて帰った日の沈黙。 休日の過ごし方。 お金の使い方。 親との距離。 病気の日の気遣い。 人生の節目での相談。 結婚生活は、大きな愛の宣言よりも、小さな協力の積み重ねでできている。 だから婚活では、「この人は自分を幸せにしてくれるか」だけを問うのでは足りない。 「私はこの人と、どんな共同生活を作れるだろうか」 「私は相手の人生に、どんな温かさを持ち込めるだろうか」 「相手の違いを、支配せずに理解しようとできるだろうか」 「困ったとき、勝ち負けではなく相談ができるだろうか」 こうした問いが必要になる。 共同体感覚のある人は、婚活で相手を「自分を満たす道具」として見ない。相手を、自分とは異なる歴史を持った1人の人間として見る。 そこには、静かな敬意がある。 この敬意こそ、成熟した結婚の土台である。
第10章 事例3 「尽くすこと」が愛だと思っていた女性
39歳の沙織さんは、とても面倒見の良い女性だった。料理が得意で、気配りも細やか。相手の話をよく聞き、困っている人を見ると放っておけない。 しかし、恋愛ではいつも疲れて終わってしまう。 交際が始まると、彼女は相手の予定に合わせ、食事の好みに合わせ、相手の仕事の愚痴を何時間も聞いた。相手が返信をくれなくても、「忙しいから仕方ない」と我慢した。デート場所も相手に合わせた。自分の不満は言わなかった。 そして数か月後、限界が来る。 「私はこんなにしているのに、相手は何も返してくれない」 「大切にされていない気がします」 「でも、わがままを言うのは苦手です」 彼女の中には、ある思い込みがあった。 愛されるためには、役に立たなければならない。 これは一見、美徳のように見える。だが、アドラー心理学の視点から見ると、彼女の「尽くす行動」には共同体感覚と自己犠牲が混ざっていた。 共同体感覚に基づく貢献は、相手も自分も尊重する。 自己犠牲に基づく奉仕は、自分を消して相手に認められようとする。 沙織さんは相手に貢献しているようで、実は心の奥で「これだけ尽くせば、私を見捨てないでくれるはず」と願っていた。つまり、尽くすことが愛情表現であると同時に、不安を抑える手段にもなっていたのである。
カウンセリングで、彼女に尋ねた。 「沙織さんは、相手のために何かをしているとき、喜びを感じていますか。それとも、不安が少し減る感じですか」 彼女はしばらく考えてから言った。 「最初は喜びです。でも途中から、不安です。やらないと嫌われる気がします」 ここに自己理解の光が差した。 彼女に必要だったのは、優しさを捨てることではない。 優しさの中に、自分への敬意を取り戻すことだった。 そこで彼女は、次の交際で小さな練習をした。 「今日は和食がいいです」 「その日は少し疲れているので、短めに会いたいです」 「連絡がない日が続くと不安になります。無理のない範囲で一言もらえると嬉しいです」 最初は怖かった。彼女は「こんなことを言ったら重いと思われるのでは」と心配した。しかし、相手の男性はむしろ安心した。 「希望を言ってくれるほうが助かります。何でもいいと言われると、こちらも迷うので」 沙織さんは驚いた。
彼女はずっと、希望を言うことは迷惑だと思っていた。しかし実際には、希望を伝えることは、関係を作るための材料を差し出すことでもあった。 結婚生活では、希望を言えない人は苦しくなる。 相手もまた、何をしてよいかわからなくなる。 自己理解が深まった沙織さんは、尽くすことをやめたのではない。自分を消して尽くすことをやめたのである。 その後の彼女の言葉が印象的だった。 「私は愛されるために役に立とうとしていました。でも今は、2人で幸せになるために協力したいと思えるようになりました」 ここには、アドラー心理学的な成長がある。 自己犠牲から共同体感覚へ。 不安から貢献へ。 依存から協力へ。 これこそ、婚活における自己理解の成熟である。
第11章 婚活プロフィールに表れる自己理解
婚活ではプロフィールが重要である。プロフィールは、単なる自己紹介ではない。自分がどのように人生を見ているかを映す小さな鏡である。 自己理解が浅いプロフィールには、いくつかの特徴がある。 たとえば、無難すぎる。 「性格は明るいと言われます」 「休日はカフェや映画を楽しんでいます」 「一緒に笑い合える家庭を築きたいです」 悪くはない。けれど、その人の輪郭が見えにくい。 また、条件説明に偏りすぎるプロフィールもある。 「仕事を理解してくれる方を希望します」 「価値観の合う方が良いです」 「穏やかで誠実な方を求めています」 これも悪くはない。しかし、自分が相手に何を求めているかは書かれていても、自分が関係に何を持ち込める人なのかが見えにくい。
アドラー心理学的に良いプロフィールとは、「私はこういう人間です」という固定的な自己宣伝ではない。 むしろ、 私はこのように人と関わり、このような生活を大切にし、このような未来を共に作りたい人間です という方向性が伝わるプロフィールである。 たとえば、次のような表現には自己理解がある。 「仕事では責任のある立場を任されることが多く、普段はしっかりしていると言われます。一方で、家では穏やかに過ごす時間を大切にしています。何気ない会話や、同じ食卓を囲む安心感を一緒に育てられる関係に憧れています」 ここには、単なる長所だけではなく、生活の温度がある。 また、次のような表現も良い。 「人と話すときは、相手の考えを丁寧に聞くことを大切にしています。意見が違うときも、すぐに否定するのではなく、まず背景を知ろうとするタイプです。結婚生活でも、正しさを競うより、相談しながら答えを作っていける関係を望んでいます」
ここには、共同体感覚がある。 自己理解があるプロフィールは、華やかな言葉で飾られていなくても、読んだ人に安心感を与える。 なぜなら、その人が自分のことをある程度わかっているからである。自分をわかっている人は、相手にも過剰な負担をかけにくい。 逆に、自己理解が浅いプロフィールは、どれほど整っていても、どこか借り物の言葉になる。まるで、美しい額縁に入った空白の絵のようである。 プロフィール作成とは、自分を良く見せる作業である前に、自分の人生の姿勢を言葉にする作業である。 ここでも、婚活は自己理解を求めている。
第12章 お見合いで問われる自己理解
お見合いは、短い時間で相手を知る場である。しかし本当は、相手だけでなく自分も現れる場である。 会話の癖。 緊張したときの反応。 相手への関心の向け方。 沈黙への耐性。 自分をどう見せようとするか。 相手の違いにどう反応するか。 お見合いでは、その人のライフスタイルが驚くほど表れる。 自己理解が浅い人は、お見合いを「失敗してはいけない場」と捉える。すると、会話が硬くなる。相手の話を聞いているようで、頭の中では次に何を言うかを考えている。沈黙が怖い。笑顔を作る。無難な話題を選び続ける。 自己理解が深い人は、お見合いを「相手と自分の相性を丁寧に感じる場」と捉える。緊張はあっても、自分を失わない。相手の話に関心を持つ。自分のことも少しずつ開く。会話を正解探しにしない。 お見合いで大切なのは、完璧な受け答えではない。 大切なのは、相手が「この人と話していると、自分も自然でいられる」と感じることである。 そのためには、自分自身がまず自然でいる必要がある。
ただし、自然体とは、思ったことを何でも言うことではない。 自然体とは、自分の感情に気づきながら、相手への敬意を忘れずにいることである。 たとえば、お見合い中に相手の趣味が自分と違ったとする。 自己理解が浅い人は、すぐに「合わない」と判断するか、逆に無理に合わせる。 自己理解が深い人は、こう考える。 「私はこの分野には詳しくない。でも、この人がなぜそれを好きなのかには関心を持てる」 そして、こう尋ねる。 「それを始めたきっかけは何だったんですか」 「どんなところが一番面白いと感じますか」 この質問には、共同体感覚がある。 相手を自分の基準で裁くのではなく、相手の世界を少し訪ねてみようとする姿勢がある。 結婚生活では、趣味が完全に一致する必要はない。むしろ大切なのは、違う世界を持つ相手に対して、敬意ある好奇心を持てるかどうかである。 お見合いは、その練習の場でもある。
第13章 仮交際で見えてくる「本当の自己理解」
仮交際に進むと、自己理解はさらに深く問われる。 お見合いでは丁寧に振る舞えても、仮交際では感情が動く。期待、不安、比較、嫉妬、迷い、疲れ。婚活の心理は、仮交際で一気に複雑になる。 この段階で重要なのは、「相手がどうか」だけでなく、「相手といるときの自分がどうか」を見ることである。 その人といると、安心して話せるか。 無理に明るくしすぎていないか。 相手の反応を過剰に気にしていないか。 自分の希望を言えるか。 違和感を感じたとき、対話しようと思えるか。 相手の弱さを知ったとき、すぐに減点するのか、それとも理解しようとするのか。 仮交際は、相手の審査期間ではない。 2人の関係性の観察期間である。 自己理解が浅い人は、仮交際を「この人が結婚相手として合格かどうか」を見る時間にしてしまう。もちろん見極めは必要だが、審査の目が強すぎると、関係は育たない。 自己理解が深い人は、次のように考える。 「この人と私は、どんな関係を作り始めているのか」 「私はこの人の前で、どんな自分になっているのか」 「この関係は、安心と成長の方向へ向かっているか」 これは、とても大切な視点である。
結婚相手選びで見落とされがちなのは、「相手そのもの」以上に、「その相手といるときに自分がどんな人間になるか」である。 ある相手といると、自分が卑屈になる。 ある相手といると、自分が攻撃的になる。 ある相手といると、自分が過剰に頑張ってしまう。 ある相手といると、自分が穏やかでいられる。 ある相手といると、自分の弱さも話せる。 ある相手といると、未来の相談が自然にできる。 これらは、非常に重要な情報である。 婚活で大切な自己理解とは、「私はどんな人が好きか」だけでなく、「私はどんな関係の中で、自分らしく成熟できるか」を知ることである。
第14章 真剣交際前に必要な自己理解
真剣交際に進む前、多くの人が迷う。 「本当にこの人でいいのか」 「もっと良い人がいるのではないか」 「決め手がない」 「好きという感情が十分なのかわからない」 この迷いは自然である。結婚に近づくほど、不安は大きくなる。 ここで自己理解が浅いと、迷いに飲み込まれる。迷っている自分を責めたり、逆に相手の欠点探しを始めたりする。 自己理解が深い人は、迷いを分解する。 この迷いは、相手への具体的な違和感なのか。 それとも、結婚そのものへの不安なのか。 過去の傷が反応しているのか。 自由を失う恐れなのか。 親の価値観が影響しているのか。 完璧な確信がないと決めてはいけないと思っているのか。 特に大切なのは、違和感と不安を区別することである。 違和感とは、相手との関係の中に実際に存在する問題のサインである。たとえば、話し合いができない、価値観を一方的に押しつけられる、金銭感覚に大きなズレがある、相手が誠実でない、怒り方が怖い。こうした違和感は軽視してはいけない。
一方、不安とは、未来が完全にはわからないことから生じる心の揺れである。どれほど良い相手でも、結婚前に不安がゼロになることはない。 自己理解がある人は、違和感には向き合い、不安には勇気を持つ。 真剣交際前に必要なのは、「絶対に後悔しない保証」ではない。 そんな保証はどこにもない。 必要なのは、次の感覚である。 「この人とは、問題が起きたときに話し合える」 「この人の前で、自分を偽り続けなくてよい」 「この人となら、生活を作る努力をしてみたい」 「完璧ではないが、共に成長する可能性を感じる」 アドラー心理学的に言えば、結婚は「完成された幸福を手に入れること」ではない。 2人で共同体を作る勇気を持つことである。
第15章 自己理解を深めるための問い
婚活で自己理解を深めるためには、日々の活動の中で自分に問いを立てることが大切である。 ここでは、実際に役立つ問いを挙げてみたい。
1 私は婚活を何のためにしているのか
「結婚したいから」という答えの奥に、さらに問いを重ねる。 なぜ結婚したいのか。 安心したいからか。 親を安心させたいからか。 孤独が怖いからか。 誰かと人生を分かち合いたいからか。 家庭を作りたいからか。 社会的に認められたいからか。 どの答えが正しい、悪いということではない。大切なのは、自分の本音を知ることである。
2 私は相手に何を求めすぎているのか
結婚相手に求めるものはあって当然である。しかし、相手に自分の未解決の課題まで背負わせていないかを見つめる必要がある。 自信を与えてほしい。 寂しさを全部埋めてほしい。 人生を変えてほしい。 親への証明になってほしい。 過去の恋愛の傷を癒してほしい。 こうした願いが強すぎると、相手は伴侶ではなく救済者になってしまう。
3 私は親密になると、どんな行動を取りやすいか
近づくと逃げるのか。 不安になって確認したくなるのか。 相手に合わせすぎるのか。 欠点探しを始めるのか。 急に冷たくなるのか。 相手を理想化するのか。 このパターンを知ることは非常に重要である。
4 私は断られたとき、何を意味づけているか
断られたことを、「相性が合わなかった」と受け止めるのか。 「自分には価値がない」と意味づけるのか。 「やはり婚活は怖い」と撤退する理由にするのか。 「次に改善できることは何か」と学びに変えるのか。 断られ方そのものより、断られた後の意味づけが、その後の婚活を決める。
5 私はどんな関係の中で穏やかになれるか
婚活では「好きになれるか」が重視される。もちろん大切である。しかし結婚では、「穏やかに暮らせるか」も同じくらい大切である。 ときめきだけでは、毎日は暮らせない。 安心だけでも、心は乾く。 必要なのは、安心の中に小さな喜びがあり、違いの中に敬意がある関係である。 自己理解は、自分にとってのそのバランスを知ることでもある。
第16章 自己理解と「勇気づけ」
アドラー心理学では、「勇気づけ」が非常に重視される。 勇気づけとは、単に励ますことではない。 その人が自分の力で人生の課題に向き合えるように支えることである。 婚活で自己理解を深めるときにも、勇気づけは欠かせない。 なぜなら、自己理解は時に痛みを伴うからである。 自分が相手に合わせすぎていたことに気づく。 自分が親密さから逃げていたことに気づく。 自分が条件を盾にしていたことに気づく。 自分が不安から相手を試していたことに気づく。 こうした気づきは、最初は苦しい。 しかし、ここで自分を責めてはいけない。アドラー心理学的な自己理解は、自己批判ではなく、行動を選び直すための理解である。 「私はだめだ」ではなく、 「私はこれまで、こういう方法で自分を守ってきたのだ」と見る。 この視点が大切である。
たとえば、相手に合わせすぎる人は、弱い人なのではない。これまでの人生で、そうすることで関係を守ってきたのかもしれない。欠点探しをする人は冷たい人なのではない。傷つく前に逃げることで自分を守ってきたのかもしれない。理想化する人は現実が見えない人なのではない。深い孤独の中で、救いを求めてきたのかもしれない。 まずは、その自分を理解する。 そのうえで、こう問い直す。 「これからも同じ方法で生きたいだろうか」 「それとも、別の関わり方を選びたいだろうか」 ここに勇気が必要である。 勇気とは、強くなることではない。 弱さを抱えたまま、より良い方向へ一歩進むことである。 婚活で大切なのは、傷つかない人になることではない。 傷ついても、自分の価値を失わず、再び人と向き合える人になることである。
第17章 婚活における自己理解は「自分を好きになること」だけではない
近年、「自己肯定感」という言葉が広く使われるようになった。婚活でも、「まず自分を好きになりましょう」と言われることがある。 それは間違いではない。自分を嫌ったままでは、誰かの愛を受け取ることも難しい。 しかし、アドラー心理学の視点から言えば、自己理解は単に「自分を好きになること」だけではない。 むしろ重要なのは、 自分を好きになれない部分も含めて、自分がどのように人生を選んできたかを理解し、これからの行動を選び直すこと である。 自分を好きになろうとしても、すぐには好きになれないことがある。過去の失敗、劣等感、後悔、恥ずかしさ。そうしたものを抱えている人に、「自分を好きになりましょう」と言っても、かえって苦しくなることがある。 だから、まずは好きにならなくてもよい。 ただ、理解する。 責めずに見る。 逃げずに眺める。 そして、選び直す。
「私は不安になると相手を試してしまう」 「私は嫌われたくなくて自分を消してしまう」 「私は親密になると欠点探しを始める」 「私は条件で自分の価値を証明しようとしていた」 このように気づいたとき、人は少し自由になる。 なぜなら、気づいた行動は変えられるからである。 気づいていない行動だけが、人を支配する。 自己理解とは、心の暗い部屋に明かりを灯すことに似ている。部屋の中にあるものは、明かりをつけたからといってすぐには消えない。しかし、どこに何があるかが見えれば、つまずかずに歩けるようになる。 婚活においても同じである。 自分の不安が消えなくてもよい。 劣等感が完全になくならなくてもよい。 過去の傷がすべて癒えていなくてもよい。 大切なのは、それらに支配されず、より良い行動を選べるようになることである。
第18章 自己理解の深い人が選ぶ相手
自己理解が深まると、選ぶ相手も変わってくる。 以前は、条件の輝きに強く惹かれていた人が、相手の対話力を見るようになる。 以前は、刺激的な相手ばかり追っていた人が、安心できる相手の価値に気づくようになる。 以前は、相手に合わせることで関係を保とうとしていた人が、自分の希望を尊重してくれる相手を選ぶようになる。 以前は、見た目や肩書きで自分の価値を証明しようとしていた人が、日々の生活を共に作れる相手を大切にするようになる。 自己理解が深い人は、相手に完璧を求めない。 その代わり、関係に必要な本質を見る。 話し合えるか。 誠実か。 感情的になったときに修復できるか。 お互いの違いを尊重できるか。 生活を共に作る意志があるか。 自分も相手も、無理をしすぎずにいられるか。
結婚生活では、完璧な相手より、修復できる相手のほうが大切である。 どんな夫婦にも、すれ違いはある。 沈黙の日もある。 期待が外れる日もある。 相手の言葉に傷つく日もある。 そのときに、勝ち負けにしないこと。 人格否定にしないこと。 逃げ続けないこと。 話し合いに戻ってこられること。 これが結婚生活の強さである。 自己理解が深い人は、自分の未熟さも知っている。だから相手の未熟さにも、ある程度寛容になれる。もちろん、何でも許すという意味ではない。境界線を持ちながら、人間の不完全さを理解できるということである。 この寛容さは、婚活において大きな魅力になる。 なぜなら、人は完璧な人の前では緊張するが、自己理解のある人の前では安心するからである。
第19章 婚活で自己理解を深める実践方法
最後に、婚活中に自己理解を深めるための実践方法を整理したい。
1 お見合い後に「相手の評価」だけでなく「自分の状態」を記録する
多くの人は、お見合い後に相手の印象を記録する。 話しやすかったか。 見た目はどうだったか。 条件は合うか。 また会いたいか。 それに加えて、自分の状態も記録するとよい。 自分は自然に話せたか。 無理に合わせていなかったか。 緊張しすぎた場面はどこか。 相手のどんな反応に不安になったか。 自分のどんな部分を出せたか。 出せなかったのはなぜか。 これは非常に有効である。なぜなら、婚活の本質は「相手選び」であると同時に「関係性の観察」だからである。
2 断られたときの思考パターンを見る
断られた直後、人はいつものライフスタイルに戻りやすい。 自分責めをする人。 相手を責める人。 婚活全体を否定する人。 すぐに次へ行って感情を見ない人。 必要以上に落ち込み、活動を止める人。 その反応自体が自己理解の材料である。 「私は断られると、すぐに自分の価値と結びつける」 「私は傷つくと、相手を悪者にして心を守る」 「私は落ち込むのが怖くて、すぐ予定を詰める」 こう見えるようになると、次の選択が変わる。
3 自分の希望を小さく伝える練習をする
自己理解は、頭の中だけでは深まらない。行動の中で深まる。 相手に合わせすぎる人は、小さな希望を伝える練習をする。 不安を隠す人は、穏やかに不安を言葉にする練習をする。 欠点探しをする人は、相手の良さを具体的に見る練習をする。 逃げたくなる人は、逃げる前に一度だけ対話する練習をする。 大きな変化は、小さな行動から始まる。
4 「結婚後の自分」を想像する
婚活では、「どんな人と結婚したいか」はよく考える。しかし、「結婚後、自分はどんな夫・妻でありたいか」は意外と考えられていない。 これは非常に大切である。 自分は家庭でどんな雰囲気を作りたいのか。 疲れた相手にどう接したいのか。 意見が違うとき、どんな話し合いをしたいのか。 相手の人生をどう応援したいのか。 自分の自由と共同生活をどう両立したいのか。 結婚相手を探すだけではなく、結婚生活を作る自分を育てる。 これが、成熟した婚活である。
終章 自己理解とは、愛される準備ではなく、愛する勇気の準備である
婚活で大切な自己理解とは何か。 それは、自分の長所と短所を整理することだけではない。 自分に合う条件を明確にすることだけでもない。 自分を魅力的に見せる方法を知ることでもない。 アドラー心理学の視点から言えば、婚活における自己理解とは、自分がどのようなライフスタイルで人と関わり、どのような目的で行動し、どのような不安から逃げ、どのような勇気を必要としているのかを知ることである。 人は誰でも、愛されたい。 認められたい。 選ばれたい。 大切にされたい。 けれど、結婚は「愛される場所」だけではない。 「愛する力」が問われる場所でもある。 相手を理解しようとする力。 違いを話し合う力。 自分の希望を伝える力。 相手の課題を奪わない力。 不安を試し行動に変えず、言葉にする力。 完璧でない相手と、完璧でない自分を抱えながら、共に歩む力。 その力は、自己理解から始まる。
自分を知らない人は、相手に自分の不安を背負わせてしまう。 自分を知らない人は、相手の中に過去の傷を見てしまう。 自分を知らない人は、結婚に救済を求めすぎてしまう。 しかし、自分を知る人は、相手をより自由に愛せる。 相手を自分の欠乏の穴埋めにしない。 相手を理想の投影にしない。 相手を評価対象だけにしない。 相手を、1人の人間として尊重できる。 婚活の道は、ときに不安である。 断られることもある。 迷うこともある。 自分の未熟さに気づく日もある。 けれど、そのすべては、幸せな結婚へ向かうための学びになり得る。 お見合いの席で緊張する自分。 LINEの返信を待って不安になる自分。 相手の欠点が気になってしまう自分。 本音を言うのが怖い自分。 それでも誰かと生きたいと願う自分。 そのすべてを、責めずに見つめること。 そこから、本当の婚活が始まる。
自己理解とは、孤独な分析ではない。 未来の伴侶と出会うために、自分の心の部屋を整えることである。 埃を払い、窓を開け、古い思い込みを少しずつ片づける。 すると、そこに新しい風が入ってくる。 誰かに選ばれるためだけではなく、 誰かを大切にできる自分になるために。 婚活で大切な自己理解とは、愛されるための技術ではない。 愛する勇気を育てる、静かな革命なのである。
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