序章 意味を与える力――「なぜ生きるのか」から「どう生きるか」へ
人は生まれながらにして、「生きる意味」を問う存在である。
だが、アドラーが登場する以前、この問いはしばしば「外側の世界」に答えを求められていた。
宗教が神に意味を、国家が制度に意味を、そして現代は社会的成功が意味を与えてきた。
しかし、アドラーはその重心を人間の内的主体へと引き戻した。
「人生の意味とは、あなた自身がそれに与えるものである。」
この言葉は、いわば“心理学のコペルニクス的転回”であった。
それまで心理学は、人間を外的要因に支配される存在として捉えていた。
遺伝・環境・過去のトラウマ……それらが人生を決めると考えられていた。
だがアドラーは逆に言う。「決めているのは、あなたの意味づけである」と。
現代社会の“意味の砂漠”
2020年代の日本では、「意味の喪失」が静かに進行している。
SNSのタイムラインには、他人の幸福が洪水のように流れ込み、
若者たちは「自分の人生の意味がわからない」と訴える。
婚活市場では「条件」と「効率」が支配し、愛の物語はアルゴリズムの中で取引される。
職場では“やりがい搾取”という言葉が生まれ、
家庭では“無言の共存”が日常となった。
この時代において、アドラーの言葉は再び光を放つ。
人生の意味とは、どこかに「見つける」ものではなく、
自らの選択によって“創り出す”ものなのだ。
第Ⅰ章 原因論から目的論へ――「なぜ」ではなく「何のために」
1. フロイトとの決別：過去よりも未来を生きる
フロイトが説いた因果論的心理学では、過去の体験が現在の行動を決める。
幼少期のトラウマが、成人後の性格を形成するという考えだ。
しかしアドラーは、そこに反旗を翻した。
彼は「人間は過去の囚人ではない」と主張した。
「過去の出来事があなたを作ったのではない。
あなたがそれをどう使うかが、あなたを作るのだ。」
たとえば、幼少期に虐待を受けた人が「だから自分は不幸だ」と考えると、
その人生は「被害者としての物語」に縛られる。
だが、「だからこそ、他人の痛みに敏感になれた」と意味づければ、
同じ経験が「使命の源泉」に変わる。
2. 臨床エピソード：失敗の意味を変える青年
あるカウンセリング事例を紹介しよう。
30代男性・Kさん。転職を繰り返し、自己否定感に苛まれていた。
彼は言う。「僕はいつも逃げてしまう。父親と同じだ。」
アドラー派のカウンセラーは静かに問う。
「あなたは“逃げている”という言葉を、どんな目的で使っているのですか？」
Kさんは沈黙した。やがて涙ながらに語った。
「……本当は“逃げた”んじゃなくて、“守りたかった”んです。自分を。」
この気づきの瞬間、彼の中で“意味”が反転した。
逃げるという行動が“弱さ”ではなく、“自己防衛の勇気”として再定義されたのである。
それから数カ月後、彼は新しい職場でリーダーとして活躍していた。
「過去の意味を変えられる」という経験が、
彼に“生きる方向”を取り戻させたのだ。
第Ⅱ章 「意味づけ」の力――現実は主観でできている
1. 主観的現実という舞台
アドラー心理学では、「人は客観的現実ではなく、主観的現実を生きる」とされる。
雨の日を「鬱陶しい」と感じる人もいれば、「静かな時間が持てる」と感じる人もいる。
現実は、出来事そのものではなく、その解釈の仕方によって形成される。
この原理は恋愛や婚活にも応用できる。
マッチングアプリで「既読無視された」出来事を、
「嫌われた」と解釈すれば苦しみが増すが、
「忙しいだけかもしれない」「私は私でよくやった」と再定義すれば、
心は軽くなる。
2. 婚活事例：既読スルーの意味を変えた女性
40歳女性・Mさん。婚活アプリで出会った男性から返信が途絶えた。
彼女は「やっぱり私は魅力がない」と落ち込み、自己否定に陥った。
カウンセリングではこう尋ねられた。
「返信が来ないという出来事を、どう“意味づけたい”ですか？」
Mさんは初めて“選ぶ自由”を意識した。
彼女は考え、
「これは“彼の選択”であって、私の価値の否定ではない」と言葉にした。
その瞬間、彼女の表情に穏やかな光が戻った。
以後、Mさんは「自分が意味を決めていい」という実感を持ち、
出会いを恐れなくなった。半年後、彼女は結婚相談所で誠実な男性と出会い、
穏やかな関係を築いている。
“意味を変える”ことが、彼女の人生を変えたのだ。
第Ⅲ章 「人生の意味」は与えられるものではない
1. 社会的成功の罠
現代の日本社会では、“意味”が他者に委ねられている。
偏差値・年収・肩書き――それらが「正しい人生」の証とされる。
だが、アドラーはこれを痛烈に批判した。
「他人の人生を生きる者は、永遠に満たされることがない。」
仕事で昇進しても、「まだ足りない」と感じる人がいる。
その不満は、外的基準によって意味づけられた人生から生じる。
2. 職場の事例：意味を取り戻した管理職
メーカー勤務の管理職・Tさんは、成果主義の中で心をすり減らしていた。
「会社のために尽くしているのに、誰も感謝しない」と嘆いていた。
だが、アドラー心理学の勉強会でこう気づいた。
「私は“感謝されるため”に働いていた。
でも本当は、“チームが成長するのを見るのが嬉しかった”んだ。」
Tさんは評価の基準を“他人の承認”から“自分の貢献実感”へ変えた。
すると、同じ仕事がまったく違う意味を持ち始めた。
部下の成長を見守ることが喜びになり、職場の雰囲気も変わった。
“意味を外に求めず、自分で決める”とは、こうした心の転換である。
第Ⅳ章 共同体感覚と「他者の中の自己」
アドラー心理学では、人生の最終的な意味は「共同体感覚」に帰結する。
それは、“人の中で人として生きる感覚”であり、
孤立した自己ではなく、「関係の中に生きる自己」への目覚めである。
1. 家族関係の再生事例：母と娘の再会
50代女性・Nさんは、成人した娘と10年ほど疎遠だった。
娘の結婚式にも呼ばれず、「私は母親失格だ」と思い込んでいた。
しかしカウンセリングで「共同体感覚」という言葉に出会い、
「母である自分が、娘の幸せを心から願えるか」を考えた。
彼女は手紙を書いた――
「あなたの幸せを願うことが、今の私の生きる意味です。」
数週間後、娘から返信が届いた。
「お母さん、ありがとう。やっと心がつながった気がします。」
“愛されること”ではなく、“愛すること”に意味を見出した瞬間、
Nさんの人生は新しい意味を帯びたのだ。
第Ⅴ章 劣等感と成長のダイナミズム――「欠け」をどう生きるか
劣等感はアドラー心理学の出発点であり、同時に最も誤解されている概念でもある。
それは「不幸の原因」ではなく、「成長の原動力」である。
1. 婚活における劣等感
婚活の現場では、「学歴が低い」「年収が少ない」「年齢が高い」など、
多くの人が自分を劣っていると感じている。
しかしアドラー的視点では、そこに「向上の目的」が潜んでいる。
ある男性（43歳）は、「若い女性に相手にされない」と嘆いていた。
だが、カウンセリングで「あなたが本当に求めているのは何か？」と問われ、
「尊敬し合える関係」だと気づいた。
以後、彼は年齢ではなく“心の成熟”を基準に相手を選ぶようになり、
誠実なパートナーと出会った。
“劣等感をどう意味づけるか”が、人生の方向を変える。
それを恥と見るか、成長の種と見るか――意味づけが人生を再構成するのだ。
第Ⅵ章 課題の分離と意味の自由――他人の期待に縛られない
アドラーは言う。
「あなたの課題と他者の課題を分けよ。
他人の期待に応えるために生きるのではない。」
1. 家庭の事例：母親像を脱ぎ捨てた女性
専業主婦のHさんは、「良い母であらねば」という呪縛に苦しんでいた。
子どもが不登校になったのを自分のせいだと思い込み、
罪悪感に苛まれていた。
しかし、アドラー心理学を学び、
「子どもが登校するかどうかは“子どもの課題”」と理解した。
その日から彼女は、子どもの代わりに焦るのをやめた。
「私は私の課題を生きる。子どもが笑う環境を作ることに専念しよう。」
半年後、子どもは自発的に学校へ戻った。
意味とは、「何をコントロールするか」を選ぶ自由でもある。
Hさんは“他人を変えようとする苦しみ”から解放され、
“自分の生き方を変える自由”を手にした。
第Ⅶ章 臨床現場から――意味が再構築される瞬間
アドラー派カウンセリングの本質は「勇気づけ」である。
それは、絶望の中に新しい意味を見出させるプロセスだ。
1. 鬱病を克服した青年の事例
20代男性・Yさんは、会社での評価に疲れ、うつ病を発症した。
「自分には価値がない」と繰り返していたが、
カウンセラーに「誰か一人でも、あなたの存在で助かっている人はいますか？」と問われ、
ふと妹の顔を思い出した。
「僕が話を聞いてやると、妹が笑うんです。」
「それがあなたの“人生の意味”かもしれませんね。」
その瞬間、Yさんの表情に涙と共に微笑みが戻った。
意味を再発見した人間の顔には、静かな光が宿る。
終章 意味を創る勇気――アドラーが教える「生きる構え」
アドラーの思想を一言で言えば、“自己決定の哲学”である。
だがそれは、冷たい「自己責任論」ではない。
むしろ、「人は誰しも、意味を創る自由と能力を持つ」という希望の哲学である。
人生に正解はない。
けれども、“意味”を選ぶことは、常に私たちに委ねられている。
苦しみを「不幸」と見るか、「成長の課題」と見るか。
別れを「終わり」と見るか、「新しい物語の始まり」と見るか。
「あなたの人生は、あなたがその意味をどう描くかで決まる。」
この言葉を胸に生きるとき、
婚活も、職場も、家庭も――すべてが“自己創造の舞台”となる。
アドラーが説いた「人生の意味は自分で決める」とは、
“自分の生を芸術作品のように構築する勇気”を指す。
そして、その作品のタイトルは、あなた自身が決めてよいのだ。
「婚活・恋愛・家庭」への心理学的応用
――アドラー心理学の実践としての結婚相談所
序章 愛は“意味づけ”から始まる――婚活心理学とアドラーの接点
結婚相談所での出会いは、ある意味で「人生の意味づけの再構築」である。
過去の恋愛、失敗、孤独、そして希望――そのすべてに対し、
「私は今、どんな意味を与え直すのか？」という問いから始まる。
アドラー心理学の核心は「過去に原因を求めず、未来に目的を置く」ことだ。
これはまさに婚活現場の心理的プロセスに一致する。
なぜなら、結婚相談所に来る人の多くは、過去の恋愛の“因果”ではなく、
未来の人生を“目的”として再構築しようとしているからである。
ここでは、婚活・恋愛・家庭という具体的文脈の中で、
アドラーの哲学がどのように現場で息づいているかを見ていく。
第Ⅰ章 「過去の恋愛」に縛られない――原因論から目的論への転換
1. 婚活の現場における「過去の呪縛」
結婚相談所で最も多い相談の一つが、
「昔の恋愛が忘れられない」「また同じ失敗をするのではないか」という不安である。
過去のトラウマ、失恋、裏切り――それらを「原因」として抱え続ける限り、
新しい出会いは恐怖と防衛の対象になってしまう。
だが、アドラー的視点では次のように問い直す。
「あなたはその過去を、今どんな“目的”で持ち続けていますか？」
これは冷たく聞こえるかもしれないが、極めて人間的な問いである。
「悲しみを手放さないことで、再び傷つくことを避けているのかもしれませんね。」
そうカウンセラーが語ると、多くの会員がハッとする。
“過去”は変えられない。
しかし、“その意味”はいつでも変えられる。
そしてその意味の転換こそが、新しい恋の始まりなのだ。
2. 事例：裏切りの記憶を「学び」に変えた女性
40歳女性・Aさんは、かつて不倫関係に苦しんだ経験から「男性を信じられない」と語っていた。
しかし、アドラー心理学を取り入れた面談でこう問われた。
「あなたがその経験から“学んだこと”は何ですか？」
彼女は沈黙のあと、こう言った。
「私は、愛されたいばかりで、“愛する勇気”を持っていなかった。」
この言葉が、彼女の人生を変えた。
それから3カ月後、Aさんは誠実な男性と出会い、結婚した。
彼女の恋愛が変わったのではない。
恋愛の意味を変えたのだ。
第Ⅱ章 「劣等感」をどう扱うか――婚活市場の心理的ジレンマ
1. 比較社会の中で育つ“恋愛の劣等感”
結婚相談所の現場では、学歴・年収・年齢・外見など、
“条件の比較”が避けられない。
多くの会員は、「自分は他の人より劣っている」と感じる瞬間を持つ。
アドラー心理学では、この感情を「劣等感コンプレックス」と呼ぶ。
だが、アドラーはこうも言う。
「劣等感は不幸の原因ではない。成長への刺激である。」
2. 事例：年収コンプレックスを超えた男性
35歳男性・Bさんは年収400万円台で、「女性に選ばれない」と悩んでいた。
しかし、カウンセラーの指導で“比較”から“貢献”へと視点を転換することになった。
「年収ではなく、相手をどれだけ幸せにできるかを考えてみましょう。」
彼は料理教室に通い、週末にボランティアへ参加し始めた。
半年後、誠実な姿勢に惹かれた女性と交際が始まった。
「劣等感が自分を動かす力になる」と実感した瞬間、
彼の中の“人生の意味”が変わったのである。
第Ⅲ章 「共同体感覚」とは――“二人で生きる”意味を学ぶ
アドラーは、人生の究極的目的を「共同体感覚」と呼んだ。
これは「自分が他者に貢献できている」という実感であり、
婚活や家庭生活においては“相手とともに生きる喜び”として現れる。
1. 結婚相談所での「利己的恋愛」の壁
多くの婚活初期の会員は、「相手に何をしてもらえるか」を基準に相手を選ぶ。
だが、成婚に至るカップルは必ず「相手に何をしてあげたいか」を基準にしている。
この転換こそが、共同体感覚の成熟である。
2. 事例：家庭を“愛の共同体”に変えた夫婦
50代夫婦・Cさん夫妻。
夫は長年「仕事＝生きがい」だったが、退職後、家庭での役割を見失った。
妻は「家にいても無関心」と不満を漏らした。
カウンセリングでは、夫にこう問う。
「あなたにとって、妻と過ごす時間は、どんな意味を持っていますか？」
彼は考え込み、やがて涙を流して言った。
「一緒にご飯を食べることが、人生の幸せだったのに、それを忘れていた。」
それから二人は、週に一度“夫婦時間”を持つようになった。
「共同体感覚」は抽象概念ではない。
それは小さな共感と感謝を積み重ねる具体的行為なのだ。
第Ⅳ章 「課題の分離」と恋愛依存の克服
1. 「相手を変えたい」から「自分を変える」へ
恋愛・婚活の破綻の多くは、「相手を思い通りにしよう」とする願望から始まる。
しかし、アドラー心理学は明確に言う。
「他人の課題に踏み込むな。あなたが変えられるのは、自分だけだ。」
2. 事例：彼からの返信に一喜一憂していた女性
30代女性・Dさんは、交際相手からのLINEの頻度に常に不安を感じていた。
「既読にならない」「短い返事」――それが“愛されていない”サインに見えてしまう。
だが、カウンセラーはこう促した。
「彼がどんな頻度で返信するかは彼の課題。
あなたが“どんな関係を築きたいか”が、あなたの課題です。」
Dさんは返信を待つ時間を、“自分を満たす時間”に変えた。
料理を学び、趣味を再開し、友人と笑い合う。
次第に“返信が来ない＝不安”という構図が消え、
「私は私の人生を生きている」という感覚が育った。
数カ月後、彼との関係は穏やかに安定し、やがて結婚へと至った。
第Ⅴ章 家庭における「勇気づけ」と意味の再生
1. 結婚生活の本質は「勇気づけの連続」
アドラーは言う。
「他者を変えることはできない。
しかし、他者を“勇気づける”ことはできる。」
家庭生活の中で最も大切なのは、相手に“勇気”を与える言葉と態度だ。
「ありがとう」「あなたのおかげ」――この小さな勇気づけが、家庭の安心を育てる。
2. 事例：無言の夫婦関係を変えた“ひとこと”
40代夫婦・Eさん夫妻。
長年の結婚生活で会話が減り、夫は無口、妻は不満を抱えていた。
ある日、妻がアドラー心理学の講座で“勇気づけ”を学び、
思い切ってこう言った。
「あなたが黙ってコーヒーを淹れてくれると、私、安心する。」
その瞬間、夫の表情がふっと和らいだ。
「俺のしていること、そんなふうに思ってたんだな。」
それ以来、二人は少しずつ言葉を交わすようになった。
勇気づけとは、相手の“存在を肯定する行為”である。
それは愛の再生装置であり、家庭の中に意味を蘇らせる力だ。
終章 「意味を創る」愛――婚活から家庭へ、人生の物語を編む
結婚相談所とは、単なるマッチングの場ではない。
それは、人が自分の人生の意味を再構築するための舞台である。
婚活とは、「愛されるための戦い」ではなく、
「どう生きたいかを選ぶ勇気の実践」であり、
結婚とは、「共同体感覚を分かち合う人生の冒険」である。
「人生の意味は、自分で決める」
――そして、“その意味を他者と共有できるとき”、
そこに“愛”が生まれる。
アドラー心理学が教えてくれるのは、
愛とは“発見”ではなく、“創造”だということである。
婚活も、恋愛も、家庭も――
それぞれが一つの意味生成のプロセスなのである。
