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アドラー心理学に於ける注目と行動の力学

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アドラー心理学に於ける注目と行動の力学

序論:アドラー心理学における注目と行動の力学


アルフレッド・アドラーが提唱した「個人心理学(Individual Psychology)」は、人間の行動が「劣等感(inferiority)」と「補償(compensation)」という動因によって形作られるという枠組みを提供する。この理論によれば、人は社会の中で「所属したい」「認められたい」という基本的な欲求を抱えており、特に注目されることは、自身の価値を確認したいという欲求の表れである。この注目欲求が満たされない場合、人は反抗的な行動や非社会的な行動に走ることがあり、それでも注目を得られないと、今度は無力感や無能さを演出することで他者の関心を引こうとする傾向がある。
アドラーは、子どもの「悪さ」を単なる問題行動として表面的に見るのではなく、その背後に「注目されたい」「価値がある存在でありたい」という強い目的意識があると捉えた(Carlson & Englar-Carlson, 2012)。こうした行動はしばしば、大人の関心を引き寄せ、存在の確認や承認を求める手段となる。

第1章:注目を求める行動の発生背景


1-1 家庭内の力学と「注目」行動
兄弟構成や家庭の雰囲気は、注目を求める行動に大きな影響を与える。例えば、あるカウンセリング事例では、長男が学業優秀で注目される家庭において、次男が学校でわざと遅刻や忘れ物を繰り返すことで教師や親の注意を引こうとするケースが見られた。これはアドラーが指摘する「誤った注目の目標」に該当する(Cameron et al., 2019)。
この少年のプライベートロジックでは、「良い子になるよりも、悪い子でいる方が注目される」という信念が形成されていた。家庭内での兄弟間の比較が、こうした信念を強化していた。

1-2 教育現場での観察例
ある小学校教師は、教室内で常に騒がしく、授業妨害を行う生徒についての記録を保持していた。この児童は家庭において育児放棄気味の扱いを受けており、学校が唯一の社会的接点であった。教師との面談では「先生が怒るときだけ自分を見てくれる」と発言しており、まさに注目を得るための行動であった(Hill, 2019)。

第2章:注目に失敗したときの心理的反動


2-1 無能さの演出と「できないふり」
注目を得ることに失敗した際、人は「自分には無理だ」「どうせやっても無駄だ」といった表現で、行動から撤退することがある。これはアドラーが「ライフスタイルの逃避型」と呼ぶ傾向であり、劣等感が固定化された状態を表している(Sweeney, 1998)。逃避型の人々は挑戦することによって失敗するリスクを避けるため、自らの無能さを演出する戦術を選び、期待や責任から逃れようとする傾向がある。
ある中学生の事例では、テストで何度もカンニングを行った末に発覚し、指導を受けた。その後「自分はバカだからどうせ無理」と投げやりな態度をとり、勉強を放棄した。この児童のカウンセリングでは、過去に兄や父から繰り返し「お前には無理だ」と言われていた体験が判明し、無能さを演出することで責任から逃れる戦術が形成されたと考えられた(Kelly & Lee, 2007)。

2-2 カウンセリングでの対応
このような子どもに対しては、「能力があるか否か」よりも「挑戦していること自体に価値がある」という認知の再構築が必要となる。実際、心理カウンセラーが「失敗しても挑戦したことは素晴らしい」と語りかけたことで、この生徒は徐々に学習意欲を取り戻し、補習に自主的に参加するようになった。

第3章:事例分析


3-1 弟の反抗行動:家族内役割と注目
ある家庭では、スポーツ万能な兄と比べられ続けた弟が、次第に家の物を壊したり、夜遊びを繰り返すようになった。家庭では弟の行動に対する叱責が続いたが、それにより「叱られる=注目される」という学習が成立していた。両親が叱るのをやめ、弟が協力的な行動をとったときにのみ肯定的な注目を与えるようにした結果、行動は劇的に改善された(Caterino & Sullivan, 2008)。

3-2 恋愛関係における注目行動
恋愛関係においても、注目されたいという欲求が満たされないと、様々な問題行動に発展することがある。あるカップルの事例では、女性がパートナーの注意が外部に向いていることに対して強い不満を抱き、無視や感情的な爆発を繰り返すようになった。これは無意識のうちに「自分に目を向けてほしい」という願望が歪んだ形で表出されたものであり、アドラー心理学では注目欲求に基づく誤った目標行動と解釈される。セラピーにおいては、彼女が自身の感情の起源を理解し、自己の価値を外部の反応に依存せずに認識する練習を重ねた。さらに、パートナーとの間で非難ではなくニーズを伝える建設的なコミュニケーションを確立することで、関係性は大きく改善された。

3-3 結婚生活と無能感の演出
結婚生活においては、「どうせ自分にはできない」という無能感の演出が、夫婦間における役割放棄や責任回避の手段として用いられることがある。たとえば、ある男性は「自分は家事や育児に向いていない」「やっても怒られるだけだから」と発言し、家庭内での役割を放棄していた。これは、過去に経験した失敗や否定的評価に基づく劣等感を背景とした自己防衛の戦略であり、アドラー心理学でいう逃避型ライフスタイルの表れである。カウンセリングの中で、彼は「完璧でなくても貢献できる」という価値観を受け入れ、失敗を恐れず試行錯誤する姿勢を学ぶことで、家族関係にも前向きな変化が現れ始めた。

第4章:解決策と予防的アプローチ


アドラー心理学では「共同体感覚(Gemeinschaftsgefühl)」の育成が最終的な目標とされている。これは、個人が自己中心的な目的から脱却し、他者とのつながりを大切にしながら「私はここにいてもいい」「誰かのために貢献できる」という感覚を得ることである。この感覚が強まるほど、誤った注目行動は不要となり、より協調的かつ健全な人間関係が築かれる(Owen, 2023)。
また、親や教師、さらには恋愛・夫婦関係においても、意図的に「適切な注目の与え方」を学ぶことが極めて重要である。例えば、問題行動に対して過剰に反応することで、かえってその行動を強化してしまう危険があるため、行動の背景にある目的を見極めることが求められる。そして、日常の小さな努力や善意ある行動に目を向け、タイミングよく、具体的かつ温かい言葉で承認する姿勢が、誤った注目行動を減らし、望ましい行動を強化する鍵となる。

結語:注目を求める心の理解と支援
人は誰しも注目されたい、認められたいという根源的な欲求を持っている。それが満たされないとき、人はしばしば破壊的な行動や無能さの演出といった形で、周囲の関心を引こうとする。しかし、これらの行動の奥底には「他者とつながりたい」「存在を肯定されたい」という深い願望が横たわっている。アドラー心理学は、こうした行動の背後にある目的や信念に着目し、共感的理解と勇気づけを通して、個人と人間関係の再構築を図るための実践的手法を提供している。
恋愛や結婚においても、アドラー心理学に基づく相互理解と勇気づけを通じて、相手の行動の背後にある目的を見極め、誤解や感情的な反応を避けることができる。これにより、感情的依存や回避行動ではなく、建設的なコミュニケーションを軸とした関係性の構築が可能となり、より健全で持続的なパートナーシップへとつながっていく。