第1章:行動経済学とは?恋愛との接点
行動経済学は、伝統的な経済学が想定する「完全に合理的な人間像(ホモ・エコノミクス)」とは異なり、人間の非合理性や感情、バイアスを前提として意思決定を考える学問である。恋愛の世界ほど、この非合理性が色濃く現れる領域はない。
たとえば、「損失回避バイアス」。 3年付き合っていた彼氏と別れるべきか悩んでいた真由美さん(仮名)は、「これまでの時間が無駄になる」という気持ちから、関係を断ち切ることができなかった。これは明らかに”サンクコスト効果”の典型であり、行動経済学の主要概念のひとつだ。
第2章:初期接触とデートにおける意思決定バイアス
初対面の印象に影響される「ハロー効果」や、プロフィール写真だけで判断する「利用可能性バイアス」は、婚活市場で頻発する。結衣さん(仮名)は、写真でイケメンに見えた男性と会ったが、実際は会話が弾まず、がっかりした。だが彼女は「第一印象がよかったから」と、3回もデートを重ねた。
また、選択肢が多すぎると人は決断できなくなる。これは”選択のパラドックス”と呼ばれ、マッチングアプリで何百人もの異性をスクロールしても誰とも会えない、という現象に表れている。
第3章:交際期間中の感情と合理性の葛藤
恋愛中の人々は、よく「情に流される」と言う。これはまさに「確証バイアス」の現れである。誠実さに欠ける恋人に対し、「でも彼はあの時助けてくれた」と過去のポジティブな経験だけを選び取り、否定的な情報を無視する心理である。
また、「現状維持バイアス」も強く働く。変化することの不安から、明らかに不満足な関係を維持してしまう。このように、恋愛は感情の波に翻弄されるだけでなく、意思決定の誤謬に満ちている。
第4章:結婚という意思決定の構造
結婚は、恋愛関係とは異なり、法的・経済的契約の性質を持つ。経済心理学者の視点では、「利得の最大化」と「リスクの最小化」という意思決定原則が強く働く。
実際、婚活市場では「年収○○万円以上」「身長○cm以上」といった条件が明示されているが、これはまさに「期待効用理論」に基づく合理的な選択行動である。ただし、実際にはこの条件が幸福な結婚を保証するわけではない。これは、合理性と感情のミスマッチが生むジレンマである。
第5章:日常生活の中の交渉と合意形成
結婚後の生活では、「どちらが家事をするか」「子どもの教育方針はどうするか」といった日常的な意思決定が山積みである。ここでは「共同意思決定理論」や「家庭内交渉モデル」が応用される。
友人の夫婦、健一さんと里美さんは、家事分担を「時間換算で週5時間ずつ」と決めたことで、対等な関係を築いている。これは家庭内での”ナッシュ均衡”に近いものであり、行動経済学が理想とする合意形成の例と言える。
第6章:文化・ジェンダー・市場構造との交差点
恋愛や婚活における意思決定は、個人の価値観だけでなく、文化的・社会的構造によっても大きく左右される。例えば、日本では「女性は若いうちに結婚すべき」という無意識のバイアスが今も根強く残っている。
このような構造的バイアスは、婚活における自己評価を歪め、合理的選択を困難にする。これは”社会的期待の内面化”と呼ばれ、行動経済学と社会心理学が交差する領域である。
第7章:未来の婚活—ナッジ理論とテクノロジーの活用
近年、AIやアルゴリズムを使ったマッチングが主流となりつつあるが、ここに行動経済学の”ナッジ理論”が活用され始めている。
たとえば、あるマッチングアプリでは、同じ趣味を持つ人が最上位に表示される設計により、「決断疲れ」を防ぎ、マッチ率を高めている。これは選択環境の設計(choice architecture)を通じた行動の最適化である。