誰も待っていない家に、それでも「ただいま」と言ってしまう
ドアを開ける。「ただいま」。
返事がないことは分かっている。
あこがれの一人暮らしを始めて3年
30代の私は毎日同じことを繰り返している。
誰にも届かない「ただいま」は、
もしかしたら自分自身に向けた言葉なのかもしれない。
音だけが響く空間で気づく、私の存在の薄さ
鍵を閉める音。バッグを床に置く音。冷蔵庫を開ける音。
一人の部屋では、すべての音が妙に大きく響く。
実家で暮らしていた頃は、
玄関を開けた瞬間から誰かの気配があった。
テレビの音、料理の匂い、
母の「おかえり」、父の咳払い。
あの頃は煩わしいと思っていたのに。
会社では常に誰かの声があって、
電話が鳴って、キーボードを叩く音がして
あんなに「早く帰りたい」と思っていたのに。
帰宅して部屋着に着替え、ソファに座ると
ふと思ってしまう。
憧れていた自由な暮らしは、
こんなにも静かなものだったのかと
その繰り返しが、
まるで「一人で生きる」という選択の重さを
毎日確認させられているようだ。
この静寂の先に、本当に私が求めているものはあるのか
スマホを見ると友人のSNSには、
誰かとの楽しそうな写真。結婚報告、婚約指輪の写真。
いいねを押して、画面を閉じる。
私は孤独なわけじゃない。
友達もいるし、仕事もある。充実しているはずだ。
でも、この部屋に帰ってきたときに感じる静けさは、
言葉では埋められない何かを突きつけてくる。
20代の頃は「まだ時間がある」と思っていた。
30代になった今も、「焦る必要はない」と自分に言い聞かせている。
でも、正直に言えば、このまま一人で過ごす時間が長くなればなるほど、
誰かと暮らすことが想像できなくなっていく気がする。
「ただいま」と言って、「おかえり」と返ってくる日が来るのだろうか。
婚活アプリの通知が鳴る。
開いては閉じて、開いては閉じて。
本当にそれを求めているのか、まだ自分でもわからない。
ただ、この静けさの中で、
何かが少しずつ変わっていくことだけは、確かに感じている。
一人の時間を、次のステップへの準備期間にする
でも、この静けさは敵じゃない。
むしろ、自分と向き合える贅沢な時間なのかもしれない。
誰にも邪魔されず、自分が本当に何を求めているのか考えられる。
この孤独の中でしか、見えてこないものがある。
30代の今、私たちには選択肢がある。
このまま一人の時間を大切にするのも、
誰かと新しい生活を始めるのも。
どちらも正解で、どちらも間違いじゃない。
大切なのは、この静寂の中で感じた
「本当の気持ち」に嘘をつかないこと。
婚活を始めるのも、もう少し自分の時間を楽しむのも、
すべてはこの部屋で自分と向き合った先にある。
焦る必要はない。でも、立ち止まり続ける必要もない。
明日もまた、私は「ただいま」と言うだろう。
その声が消えていく玄関で、私は今日も生きている。
そして、いつか誰かと「おかえり」を交わす日が来るかもしれない。
その日のために、今は自分を大切にする。
それが、30代の私にできる最善の選択だから。
